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原発と原爆とともに

「3.11」原発事故の後の時代を生きるための データベースを構築しています by 瀧本往人

似島の検疫所の死傷者たち 尾糠政美 写真 1945.08.07

題名 なし(似島の検疫所の死傷者たち) 

作者 尾糠政美 

形態 写真 

日付 1945.08.07

掲載 アサヒグラフ(1952年8月)ほか
 

尾糠政美(ONUKA Masami, 1921-2011)は、島根県邑南町生まれ、三次市の写真館に勤務、当時は陸軍船舶司令部写真班員。戦後は島根に戻り「オヌカ写真館」を経営。クレジットはされていないが、1952年8月に発行された「アサヒグラフ」の冒頭の被爆者の写真を撮影した人物。



撮影は軍の命令で似島の検疫所にて8月7日に行われた。負傷者や死者を中心に撮っているのは、軍医の指示によってだった。

ネガプリントは軍の意向で焼却されるが、同僚の川原四儀がプリントを23枚、こっそりと保存したことで、彼らの撮影した写真の一部がその後残された。



参照

中国新聞 2014年8月4日