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原発と原爆とともに

「3.11」原発事故の後の時代を生きるための データベースを構築しています by 瀧本往人

女性としてのマダムキューリー 湯浅年子 新科学ペン 1947.06.20

日付 1947年6月20日
題名 女性としてのマダムキューリー
作者 湯浅年子
掲載 新科学ペン 2(2) 6月号 pp49-55
発行 新科学ペン社 (中央区
編集 本明寛

湯浅年子(YUASA Toshiko, 1909-1980)は、東京下谷区に生まれる。1931年東京女子高等師範学校(後のお茶の水女子大)理科卒業。1935年東京女子大講師、1938年東京女子高等師範学校助教授。1940年よりパリに留学。1944年ベルリンへ移動。1945年帰国。1949年CNRS研究員。1952年よりお茶の水女子大教授(-1955年)。1956年パリ大学で研究員。

参照
20世紀メディア情報データベース

参考

理系の扉を開いた日本の女性たち―ゆかりの地を訪ねて

理系の扉を開いた日本の女性たち―ゆかりの地を訪ねて