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原発と原爆とともに

「3.11」原発事故の後の時代を生きるための データベースを構築しています by 瀧本往人

尊い〝X線〟の犠牲/半生を捧げた〝育成の父〟今城氏 新潟日報 1947.06.06

日付 1947年6月6日
題名 尊い〝X線〟の犠牲/半生を捧げた〝育成の父〟今城氏
掲載 新潟日報 第1670号
発行 新潟日報社 (新潟市
編集 新潟日報社

リード
〝生けるX線発達史〟として日本におけるレントゲン線治療の草分け時代明治四十五年か     


人名
藤巻/田宮/橋本


キャプション
写眞は生前の今城氏-両手がおかされている

 

今城信貫(IMAKI Nobutsura, 1891-1947)は、長野出身の放射線技術者。東京順天堂病院で藤浪剛一に学び、新潟医専(後に医科大学)レントゲン室技術員。

(ちちお)の指導を受け、医学放射線技術の向上に尽くす。6月4日に逝去されたのを受けての記事。お墓は新潟市にある。

 

参照
20世紀メディア情報データベース

参考

重複撮影術―胃癌・肉腫・良性腫瘍のレントゲン診断図説 (1954年)

重複撮影術―胃癌・肉腫・良性腫瘍のレントゲン診断図説 (1954年)