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原発と原爆とともに

「3.11」原発事故の後の時代を生きるための データベースを構築しています by 瀧本往人

原子力の生物学研究への応用 村地孝一 農学 1947.03.01

日付 1947年3月1日
題名 原子力の生物学研究への応用〔1〕
作者 村地孝一
掲載 農学 1(1) 創刊号 pp28-62
発行 朝倉書店 (神田区
編集 平野喜久二

村地孝一(MURACHU Koichi, 1909-1961)は、当時、理化学研究所西川研究室、後に立教大学教授。戦前より仁科芳雄の指示によりサイクロトロンによる放射線生物学の研究を行い、戦後は、放射線の遺伝に対する影響に関する提言を数多く行う。また1945年8月に御園生圭輔、玉木英彦、木村一治とともに広島に入り、残留放射能測定や被爆者の血液検査などを行なった。因みに死因は、慢性骨髄性白血病

 


参照
20世紀メディア情報データベース


参考

放射線生物学 (1959年)

放射線生物学 (1959年)

 
新しい物理の知識 (1949年) (科学新集)

新しい物理の知識 (1949年) (科学新集)