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原発と原爆とともに

「3.11」原発事故の後の時代を生きるための データベースを構築しています by 瀧本往人

臨床例:原子爆弾傷の虹波治験例 土橋秀孝 臨床外科 1947.02,10

日付 1947年2月10日
題名 臨床例:原子爆弾傷の虹波治験例
作者 土橋秀孝
掲載 臨床外科 1(2) pp44-49
発行 日本医学雑誌 (本郷区

見出し
緒言
症例
経過
経過
総括
結語

土橋秀孝は、 慶応義塾大学医学部外科学教室助手、医学士。戦中の研究に「(秘)創傷療法ニ対スル虹波ノ研究(第一報・臨状的研究)」(島田信勝との共同研究、第七陸軍技術研究所、1944年)がある。戦後の研究に「フラシン療法」 (島田信勝との共著、「化学療法」(佐々貫之編、学術書院、1950年)所収)がある。

参照
20世紀メディア情報センター

参考

 

原子爆弾傷研究綴 (1971年)

原子爆弾傷研究綴 (1971年)