原発と原爆とともに

「3.11」原発事故の後の時代を生きるための データベースを構築しています by 瀧本往人

【検閲有】米学者原子爆弾の効果研究に日本へ 中国新聞 1946.11.25

日付 1946年11月25日
題名 米学者原子爆弾の効果研究に日本へ
掲載 中国新聞 第18899号
発行 中国新聞
編集 中国新聞
備考 検閲有

リード
ニューヨーク二十三日発UP=共同   
テネシー州オークリツジの原子爆弾研究所は、二十二日・・・
   
人名
ポール・ヘンシヨー博士
オースチン・ブルーズ博士

 

ポール・ヘンショー(Paul S. Henshaw, 1912-2002)は、オクラホマ出身、ウィスコンシン大から生物学の博士号、マンハッタン計画に参加した生物物理学者。1946-47年にABCCの代表の一人。1947年から1949年は東京に住み、連合軍の下部組織の研究部門に勤める。「長崎原爆資料館の学芸員と、被爆地の写真を長年研究してきた被爆者の深堀好敏さんの2人が9月に渡米」し米国立公文書館で、1945年9月頃の長崎を訪れた写真40枚が発見された(2013年11月29日朝日新聞記事より)。「写真には、「原子爆弾中心地」と書かれた標識が立ち、周辺に草木が生えて簡易な住宅も建ち始めている様子などが写っていた。背中一面のケロイドを写した被爆者の写真もあった」という。しかしポール・ヘンショーが来日したのは当記事にあるように1946年暮れであるので、撮影者は誰か別の人物であろう。

 

オースチン・ブルーズ(Austin M. Brues, )は全米研究評議会の物理学者。後にABCCの一員となる。



参照
占領期新聞・雑誌情報データベース

参考

Infopower: Biophysics and Biosociology of Mind

Infopower: Biophysics and Biosociology of Mind

 
人類の明日―破滅かユートピアか (1973年) (医歯薬ブックス)

人類の明日―破滅かユートピアか (1973年) (医歯薬ブックス)